ああお腹いっぱい!という感覚のその先を、ご存知でしょうか。私は知らなかった。たんまりと晩餐をいただいたあと、メトロを乗り継ぎ帰ってふわふわ眠りにつき、ぼおっと目覚めた次の日の朝。まだお腹が空いてないな、などという状態ではなく、今日はどのくらい走ったり踊ったりすれば少しは食べものが入るのかしら、という感じ。私はそれを、この国のビストロという場所を訪れて初めて体験しました。
そんな思い出を少し。
ところでパリでの夕食は、ひょんなご縁あって、足繁く通う
吉田屋料理店の女将ご一行にお誘いをいただいていました。「ドレスコードはなし。注意事項は1つだけ、とにかくお腹を空かせてきてくださいね」そんなふうに言われて向かった先は、戦前から営まれる名物ビストロなのだという、実にクラシックな佇まいの1軒でした。星付きレストラン並みの勘定書!という話にひやりとしたのも束の間、驚くべきは、料理のボリューム。そう、ボリュームという言葉を料理にしたら、まさにあんな格好をしているに違いない。恐れ入りました。
前菜の自家製フォワグラ・テリーヌ、甘美な一切れ。とろりとしたソーテルヌで流し込めば、首の根っこが柔らかくほぐれてゆきます。
鶏肉のロースト、これは切り分けられた私のぶん。テーブルへは1羽分の丸々した下半身が、チャーミングな給仕係によって嬉々とサーブされます。ジューシィできめ濃やかな肌質に、思わずうっとりしてしまう。
付け合わせのじゃがいもは、薄切りにして鳥の脂で焼いたもの。フレッシュなにんにくとパセリがどっさりのっていて、食感も風味もこれは絶品でした。
修羅場の卓上には、そのほかにも力強い雉のローストやら、じゃがいも5個は切ったよねというフライドポテトやら、山積みにされたバゲットやら。
鳥とじゃがいもとワイン、それだけで極限までお腹の満たされる夜。
唇や指先を脂まみれにして、胃袋と食欲がレストランと戦うテーブルは、もはやドラマティックですらあります。集った面々は皆、すっかり肩で息をしていました。食べるとは、なんとエネルギーがいる行為なのでしょうか。